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[STORY] 1.みやざき地頭鶏開発秘話

きっかけ

みやざき地頭鶏は、宮崎県畜産試験場川南支場において1985年に開発がスタートしました。

「宮崎県の新たなブランド作る」「高齢者でも飼いやすく継続できる」

研究を重ね、1991年には{地頭鶏(オス)×優勢ホワイトプリマスロック(メス)}×劣勢ホワイトプリマスロック(メス)という最初の交配様式が策定され、9件の希望農家を募って10000羽のフィールド試験が始まりました。

試食会を開き炭火焼にしてみると、独特の歯ごたえ、ジューシーさで大変美味。しかし試験を進めていくと、産卵率や白色羽装の出現率が多いなどの問題点も見つかり、新たな交配様式が検討されます。

地域活性化→日南市みやざき地頭鶏普及促進協議会

この頃、宮崎県日南市では、主力産業であった林業の衰退や、高齢化によるみかん生産の縮小等、頭を悩ませていました。農地利用、高齢者でも継続できる農業・・・そこでみやざき地頭鶏に目をつけ、市を上げて取り組むことになります。

日南市内から、当社契約農家の一人が選定され、他の農家と共にフィールド試験を開始しました。しかし道のりは険しく、農業の経験が浅いため日南市の全面的なバックアップでようやく出荷を迎えられる状況。そして、大きな問題が残っていました。

ブランド力、価格

 当時は日本三大地鶏(比内地鶏、名古屋コーチン、薩摩地鶏)が有名で、みやざき地鶏の認知度は全くありません。また地鶏の定義も定まっておらずPRが難しい。飼料要求率もブロイラー2.1に対して4.1となっており、飼育期間も長くとっていた為価格設定も高い。販売先の獲得には苦労の連続でした。

九州ロードの誕生

1998年、熊本大分宮崎の3県共同開発による新たな地鶏である九州ロードが誕生します。これは熊本ロード(ロードアイランドレッド)のオスとホワイトプリマスロックのメスを交配したもので、産肉性と産卵性を兼ね備えた大変優れた品種です。

この九州ロードをみやざき地頭鶏の交配に用いたところ、産卵率と有色羽装率が大きく向上しました。

そして、{地頭鶏(オス)×劣勢ホワイトプリマスロック(メス)}×九州ロード(メス)という新たな交配様式が確立され、名称も現在の「みやざき地頭鶏」と統一されました。(当時はみやざき地鶏と呼ばれていた)。

ブランド初期

 そんな中、徐々に美味しさの評判が広がってきます。

宮崎県内では、みやざき地頭鶏専門店の「ぐんけい」(黒木社長)が大ヒットし、今でも宮崎県の代表的な地鶏店となっています。また日南市でも、主に関東の居酒屋様への営業活動により、やっと販路が見えてきます。数が少なく、大変美味しい。「幻の地鶏」として徐々に生産量を増やしていきます。

安全安心の為、加工場と雛センターを設立

この時日南市の協議会には5人の農家がおり、小さな自宅兼加工場で少しずつ処理をしていました。しかし処理量が増え、またより安全な状態で皆様にみやざき地頭鶏をお届けする必要から、新たに法人を立ち上げ、処理センターを建設する事になりました。そしてヒナの供給をより安定させるため、独自の雛センターも設立することが計画されます。

2005年、行政の指導の下、小規模ながら衛生的で作業性に優れた処理場と、生命線である雛センターが完成します。これにより、これにより、孵化から生産・処理加工・販売までの地域内一貫生産販売体制が確立し、地域産業としても発展する事となっていきます。

現在

宮崎県内には約45件のみやざき地頭鶏生産農家がおり、そのうち13件の農家が弊社の契約農家となっています。その生産量は、全体の3割程度を占めており、大部分が大消費地に向けて出荷されています。

当初は通常の居酒屋様のお取引が多数でしたが、現在ではみやざき地頭鶏専門の業態での消費量がほとんどを占めています。「美味しい地鶏」は、「安全安心の地鶏」となり、今日では「定番の地鶏」として更なる広がりを見せています。